何事かをなすのに努力は当たり前であり、問題はその先である
「努力すれば報われる」的な話が好きではない。
何かをなそうと思ったら努力なんて当たり前であり、問題はそもそもの方向性が合っているかとか、方法だとかそういうことだと思う。
例えば、オレは副業で儲けようと思っているが、その時点で普通のサラリーマンよりがんばるのは当然だ。
普通は仕事が終わったら家でテレビでも見るのだろうが、その時間を削って、何かしら副業をしたり、副業のための勉強をしたりする。
それを世間では努力というのかもしれないが、その程度のことはやらなきゃどうしようもないレベルのことである。
問題はその先だ。
副業ならば、そもそも何をやるかということがある。
例えば、株やFXなどの投資をするのか、せどりか、アフィリエイトか、はては情報商材売ったりマルチ商法やったりするのか。
もちろんやってみないと分からないので、ある程度勉強して、「これがいいかな?」と当たりをつけてやってみる。
やってみてダメだったらやり方を変える。
また、やっていくうちに「そもそも副業すべきか?」と考えることもある。
副業で家族との時間がなくなってしまっても良いか、副業する時間を本業の勉強に費やした方がお金になるのではないか、もしくは副業を本業にした方が良いのではないか等々。
ということを考えていくと、やはり努力なんてのはそもそも当たり前すぎる話であり、本当に難しいのはその先ではないか?と痛感する。
だが世間の努力ってのは、主に言われたことをやるとか、バカの一つ覚えで同じことをひたすらやり続けるみたいな雰囲気があって好きではない。
とにかく、世間で言うところの努力なんて当たり前。
その程度は出来なきゃ話にならんよ。